歴代の『市川新之助』はどんな人生を歩んだのか?

初代から2020年襲名予定の八代目市川新之助まで

現在の海老蔵さんや、お亡くなりになられた海老蔵さんの父親も若い時に襲名した『市川新之助』という名跡。

今年はその新之助を海老蔵さんの息子かんげん君が襲名するとの事で話題になってます。

今回はそんな市川新之助についてまとめてみました。

市川新之助とは?

「市川新之助」とは歌舞伎役者の名跡の1つで、七代目市川團十郎に由来すると言われています。

市川團十郎は歌舞伎役者の中でも最も権威のある名前で、「市川新之助」とも深い関わりがあります。

市川流の家元である市川宗家では、新之助から海老蔵、團十郎と襲名していく(代によっては團十郎→海老蔵もある)流れとなっています。

歴代の「市川新之助」は歌舞伎界で大活躍していますが、それぞれどのような人生を歩んだのでしょうか。

歴代の市川新之助

市川新之助のはじまりは?

まず、初代は江戸時代の化政期から寛保にかけて活躍した歌舞伎役者です。

寛政3年に生まれると、まもなく六代目団十郎の養子となりました。寛政6年には初舞台を踏んでいます。そして2年後には歌舞伎十八番の1つである「暫」を6歳で務め、新之助からゑび蔵を襲名しました。

六代目團十郎が急死すると、10歳で七代目團十郎を襲名しています。

次第に実力をつけていき、人気役者となりました。市川宗家のお家芸である荒事をよく演じていますし、悪役をやることで人気を不動のものにしたとされています。

天保3年には五代目市川海老蔵を襲名しました。

当時の襲名順は、團十郎→海老蔵となってました。

その後、福岡藩に招かれ九州に興行に行ったり、「勧進帳」を初演するなど市川宗家の権威を高めたことでも知られる人物です。

だが、私生活でも派手な暮らしを好んでいたた、それを理由に江戸を追放になってしまいます。

当時は江戸では天保の改革が行われており、有名であった市川團十郎を見せしめにすることで江戸中に改革を知らしめようとしたと考えられます。

その後は成田屋七左衛門と改名し、大阪で旅芝居の舞台に立ったりもしました。

そして嘉永2年に江戸へ帰ることが許されました。

二代目は謎の自殺

二代目は初代新之助の長男で、團十郎家の後継者として生後一か月で初舞台を踏んだとされています。

天保から幕末にかけて活躍した歌舞伎役者で、数え年3歳で市川海老蔵を襲名しました。その後10歳で市川團十郎を襲名しています。

父親が江戸を追放されてしまうと、八代目として江戸の歌舞伎界の最高責任者となりました。

歌舞伎役者の中でも美男子として知られ、高い人気を誇る二枚目役者だったと言われています。台詞回しが上手く、人柄も温厚で若い女性達から絶大な人気を集めていました。

父親のいる大阪を訪れ、一緒に舞台に立ってもいます。しかし、32歳という若さで突如自殺してしまいました。

その理由は今でもわかっていません。

三代目は初代の三男

三代目は初代新之助の三男で、幕末から明治初期に活躍しました。

実はその前にも初代新之助の次男が三代目を襲名したのですが、新之助を名乗ったのは非常に短い期間であったり、病気によって役者を辞めなければいけなくなってしまったことから歴代の新之助には数えられないようになったのです。

三代目は役者を廃業した兄に代わって六代目松本幸四郎の養子となりました。その後は市川高麗蔵、市川新升、市川白猿と次々に改名しています。

四代目と五代目

四代目は初代新之助の七男で、大阪で生まれました。父と一緒に江戸に戻り、文久3年に四代目市川新之助を襲名しています。

明治15年に市川海老蔵を襲名しましたが、42歳で亡くなっています。

五代目は東京生まれの市川桃丸として初舞台を踏んだ歌舞伎役者です。その後、市川小若・市川小文次を襲名した後、九代目市川團十郎の入婿となって新之助を襲名しました。

容姿端麗で「勧進帳」では義経役を得意としています。

六代目は現海老蔵の父親

六代目は十一代目市川團十郎の長男で、市川宗家のお家芸である歌舞伎十八番を始めとし荒事や世話物、義太夫狂言、新歌舞伎といった多彩な役柄を見事に演じ分けた人物です。

十二代目市川團十郎を襲名し、日本だけではなくフランスのパリでも公演を行っています。また、テレビドラマなどにも出演しており、日本テレビの時代劇やNHKの大河ドラマに出演したこともあります。

市川團十郎

歌舞伎役者として円熟期を迎えていましたが、白血病を患い66歳で亡くなりました。

七代目は次期の市川團十郎白猿

七代目は十二代目市川團十郎の長男、つまり現在の海老蔵さんです。

1985年に歌舞伎座の「外郎売」で七代目市川新之助を襲名しています。

2000年頃には、五代目尾上菊之助や二代目尾上辰之助と共に「平成の三之助」として人気を博しました。

それから市川海老蔵を襲名し、父と一緒にパリのオペラ座で初となる歌舞伎公演を行ってもいます。現代劇にもチャレンジしており、2003年の大河ドラマ「武蔵MUSASHI」では主演を務めました。テレビドラマや映画などにも出演していて、「出口のない海」「一命」「利休にたずねよ」などで主演を務めています。

市川海老蔵

プライベートも非常に華やかで、常に世間の注目を浴びてきました。

フリーキャスターの小林麻央と結婚したことも大きな話題となっています。その反面、奔放な言動が週刊誌などでバッシングされたこともあります。認知している子供の存在が明らかとなったり(参考:市川海老蔵、隠し子バレたっ!)、暴行事件に巻き込まれる(参考:市川海老蔵暴行事件の真相に迫る!)といったこともありました。

また、妻である小林麻央さんが2017年に若くして乳がんで亡くなるという悲しい出来事もありました。

そして、2020年の5月には小林麻央さんとの間に誕生した長男かんげん君が八代目市川新之助を襲名する予定となっています。

市川團十郎と市川新之助のW襲名

上記でも話した通り2020年5月には

・海老蔵さん→十三代目市川團十郎白猿へ

・かんげん君→八代目市川新之助

の親子W襲名が予定されております。

歌舞伎座を皮切りに、全国での襲名披露公演が予定されております。

ファンにとっては今から楽しみですねー

今回も最後までご覧いただき有難うございました。

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