人間国宝ではないの?市川團十郎の家系がおりなす運命とは…

市川團十郎が人間国宝になれない理由

市川團十郎といえば、歌舞伎界のエリートの家系という認識を強く持っている人がたくさんいます。しかし、これまで人間国宝とは縁遠い存在であったことは意外と知られていません。

当たり前のように、人間国宝に認定されていたと考えている人も多いでしょう。

そのようなギャップがあるのは、市川という家系が梨園において風変わりな運命を辿ってきたことに起因します。

今回はそんな市川團十郎がなぜ人間国宝になれないのか?についてまとめてみました。

市川家とは?

歌舞伎界には市川家と並ぶほどの知名度を誇る家系がいくつかあります。しかし、宗家という表現を使われる家系は他にありません。それだけ特別なポジションにいるということであり、文化史のなかでも絶対的な存在感を示しているということです。歌舞伎を一つの文化として捉えたときに欠かせない家系といえます。

そこでよく言われるのは引き継ぐ際の重圧が凄まじいことです。

海老蔵が団十郎になるときに、改めて世間の注目を集めることになり、そのプレッシャーの大きさが取り上げられることもあるでしょう。

一般人には理解できないかもしれませんが、業界では神様といっても過言でない存在になるので当然かもしれません。

市川團十郎の悲劇すぎる運命

そう言われると、順風満帆な歴史をおりなしてきた家系だと思う人もいるでしょう。しかし実際には、いろいろなネガティブな出来事にさいなまれてきました。

たとえば、12代目は白血病になって苦しむことになったのは有名な話です。

子どもの襲名を大々的にアピールしていく時期から病魔との戦いが続くことになりました。10年近く頑張りましたが回復することはなくその生涯を終えたのです。

この事実は単純に悲劇の物語であっただけでなく、業界にとって非常に大きな痛手となりました。

その名が13代目へと引き継がれていくことは確実視されていますが、これだけでも決してスムーズに紡がれてきた歴史ではないことが分かるでしょう。

しかし、過去にはもっと衝撃的な出来事がいくつも起こっています。

たとえば初代に関しては、舞台のうえで襲われて亡くなるというドラマのような終わり方をしています。しかも通り魔などではなく、一緒に舞台に出ていた人が犯人という驚きの事実もあるのです。

何を思ってそうしたのかは伝えられていませんが、それ以降の代に見られる数奇な人生はこの時点で決定づけられたのかもしれません。

実際に圧倒的な存在感を持つようになったのは2代目からです。

若くして襲名することになりましたが、そこからの努力によって神と言われるほどの実力を身につけました。

ただし、そこに初代の影響があったことを忘れてはいけません。歌舞伎の世界に神事の要素を盛り込むことで、天災などに対する神聖な存在という印象を強く持たせることに成功していたからです。

ちなみに、3代目も20歳前半で命を落とすことになり、4代目はしばらく空白の期間が続くことになりました。

そして、2020年には13代目市川團十郎を襲名する現在の海老蔵さん。

そんな海老蔵さんの最大の悲劇と言えば、妻である小林麻央さんを若くして喪った事でしょう。

自分に降り注いだ悲劇ではなかったのですが、生まれたばかりの子供たちを残して妻のあまりにも早い旅立ち。これほどの悲劇はないのではないでしょうか?

市川團十郎

参考:舞台で刺殺や謎の自殺など市川團十郎にまつわる呪いと悲劇!

現歌舞伎の始まり

いずれにせよ、この家系について語るときは、歌舞伎の起源と切り離すことはできません。

京都で原型となる出し物がトレンドとなり、その素晴らしさに感銘を受けて発展させることで誕生しました。

元来はもっと大人しいものでしたが、大袈裟に表現することで現在の形に近づいていったのです。

それを行ったのが市川家であり、まさにパイオニアという表現がぴったりです。

では、なぜそんな現在の歌舞伎の原型を作ったとまで言われている、市川宗家の大名跡・市川團十郎は人間国宝になれなかったのでしょうか?

市川團十郎が人間国宝になれてない意外な理由

まず直近では先代の11代目市川團十郎。現在の海老蔵さんの父親にあたる方です。

市川海老蔵・市川團十郎

11代目は人間国宝になれる見込みがあると言われていましたが実際にはなれませんでした。

理由は若くして亡くなられたからです。

実力もあり功績もあったので、もう少し生き続けたら認定されていた可能性は十分にあると言われてます。

それが叶わなかったのも、先ほど話した市川家ならではの運命のいたずらを象徴しているかのようですね。

また、市川家が他の家系と比べて特徴的なのは、華やかなだけではないという点です。

歌舞伎者という表現がぴったりですが、どことなく豪快で無骨な感じが漂っています。その特徴が代々受け継がれているのですが、それがプライベートでスキャンダルを引き起こすことも珍しくありません。

例をあげると、現在の海老蔵さんが数年前に麻布で起こした暴力事件です。

市川海老蔵暴行事件

参考:『市川海老蔵暴行事件』の真相に迫る!

この件はマスコミに大きく取り上げられ、歌舞伎界全体のイメージダウンになってしまい、海老蔵さんは干されそうになるほどのバッシングを受けたのはまだ記憶に新しい。

人間国宝になれないのはその影響もあったのではないでしょうか?

ですが、このようなわかりやすい理由だけではないようです。

今までの市川團十郎を見てみると…

どの代も間違いなく素晴らしい実力を備えていましたが、そのなかでも傑出していたと伝えられているのは7代目です。

王道の演目を見事にこなすだけでなく、他とのコラボレーションも行いますし、マイナーなものにも積極的にチャレンジしました。決して伝統をないがしろにしたわけではありませんが、伝統に縛られることなく新しい要素を次々と導入していったのです。

しかし、あまりに豪華な暮らしをしていたので幕府に目を付けられてしまいます。その結果、追放されてしまうという理不尽な結末を迎えてしまいました。

このように、これまで人間国宝になれなかったのは、市川團十郎自体がその枠を越える突出した存在であったからとも言えるのではないでしょうか?

今回も最後までご覧いただき有難うございました。

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