市川團十郎”白猿”の読み方とその意味は?

海老蔵が襲名する市川團十郎白猿の”白猿”って何?読み方は?

オリンピックイヤーでもある2020年。同年の5月、6月、7月に行われる歌舞伎座公演にて、市川海老蔵さんが十三代目市川團十郎白猿を襲名します。と、同時に長男の堀越勧玄くんは八代目市川新之助を襲名します。

二人は歌舞伎座で史上最大級の襲名披露興行を行った後、7月24日の東京オリンピック開会式に登場し、世界に日本の歌舞伎をアピールすることになります。また親子で歌舞伎の道に邁進する姿に、日本中だけでなく世界中のファンが注目する事でしょう。

若き頃は市川新之助を名乗り、尾上菊之助、尾上辰之助と平成の三之助と呼ばれ、多くの女性ファンを劇場に集めた時代もあった現在の海老蔵さん。その海老蔵さんが、いよいよ歌舞伎界の大名跡・市川團十郎を襲名するのです。

ですが…

「あれ?語尾についてる”白猿”って何?」っと思った方も多かったではないでしょうか?

正式には”市川團十郎白猿”の襲名となるようです。

今回はこの「白猿」についての読み方とその意味に込められた思いについてまとめてみました。

「白猿」の読み方は?

海老蔵さんの父である十二代目團十郎さんが亡くなって7年、空席となっていた名跡を満を持して海老蔵さんが引き継ぐことになりました。

襲名発表のときには、

市川海老蔵

「己の命ので限り、懸命に歌舞伎に生きてまいりたい所存でございます」

と熱い決意を語り、いよいよ市川宗家の大名跡を襲名します。

そんな歌舞伎界の最高峰の名跡・市川團十郎は海老蔵さんで十三代目ですが、今回語尾に付いてる”白猿”とは俳号になります。読み方は「はくえん」、文字通り白い猿を意味してます。

俳号とは俳句を作る際に用いる雅号のことで、わかりやすくいうとペンネームです。俳名とも言い、歌舞伎役者の異名として使われることもあります。

今回海老蔵さんの場合はこの異名を指します。

ではなぜ、この白猿を名乗ることになったのか。

「白猿」ってどういう意味?

それは海老蔵さんならではの決意があったのです。

歌舞伎といえば市川團十郎ですが、彼が活躍したのは江戸時代。初期の歌舞伎と浄瑠璃を融合させ、歌舞伎における荒事と呼ばれる豪快な演技で歌舞伎の基礎を構築した立役者でした。

歌舞伎は元禄文化の華となり、以後400年以上にわたって代々名前が受け継がれてきました。

屋号の成田屋は初代團十郎が成田山新勝寺を深く信仰していたことからつけられ、成田屋は長きにわたり現在の海老蔵さん、勧玄くんにひきつがれているのです。

初代亡き後、二代目を名乗った團十郎は俳名として栢莚(はくえん)を名乗り、その俳名を五代目團十郎が、人間に及ばない猿という俗信をふまえ、名人に及ばないという意で白猿に変えました。

「白猿」に込められた海老蔵の思いとは?

海老蔵さんは

「私も父や祖父にまだまだ足元にも及ばぬ、これからもっともっと精進していこうという気持ちも含め、白猿を俳名として名乗ることにしました。」

と決意を語っています。

この決意は、「猿は人間に毛が三筋足らぬ」という俗語がもとになっていますが、自戒と謙遜、父や祖父への尊敬の念を込めた、海老蔵さんらしい決断です。

二代目の栢莚から、五代目白猿を名乗った團十郎は

「祖父は栢莚、親は五粒、倅は海老蔵の節、栢莚、私は白い猿と書いて白猿と申します。この心は名人上手に毛が三筋足らぬと申す義でござりまする」

とその俳号の由来について語っています。

江戸時代には猿は人間によく似ているが、毛が三本足りないので人間に及ばないと信じられていたのです。

猿

そのため、五代目團十郎は祖父や父たちに及ばないので、「はくえん」の音に「白猿」の文字を当てたのです。

海老蔵の市川團十郎襲名は早い?

白猿の読み方や、由来、海老蔵さんの思いがよくわかったところで、実際のこの名前に対する世間の反応はどうなのでしょうか。

俳号、俳名は従来ペンネームで、市川團十郎の後ろに付け加えるというのは異例なことです。市川團十郎十三代の歴史では初めてで、何と言っても長い。関係者の間では賛否両論があったようです。

斬新なのは海老蔵さんらしいけど、世間のみなさんには馴染みにくいし、意味も深すぎて、受け入れがたいのではないかという意見もでたそうです。が、最終的には海老蔵さんの強い思いを関係者が受け入れた形になって、市川團十郎白猿が誕生しました。

古くからの後援者の中では、海老蔵さんの襲名はまだ早すぎるという声もあったそうです。しかし、2020年の東京オリンピックの関連行事で、新しい團十郎を世界にお披露目したいという関係者の強い意向がありました。

海老蔵さんも早すぎる襲名を自覚しての判断で、このような俳名を付けることで折り合いをつけたのでは?と、推測されています。

市川團十郎白猿襲名のその後は…

2020年はオリンピックイヤーでもあり、市川團十郎白猿イヤーでもあります。

市川海老蔵

昨年の暮れには襲名記念の年賀はがきセットが発売されたり、各地の百貨店で市川海老蔵展が行われたりと、話題満載の海老蔵さん。

歌舞伎の歴史そのものの成田屋、その由緒ある市川團十郎を引き継ぐ歌舞伎役者として、テレビや映画、舞台で活躍する役者として、また家族を愛する一人の父親として、人間市川海老蔵の魅力は人々を惹きつけてやみません。

今回話題になった白猿、その意味を知るとますます彼の歌舞伎に対する思いや愛情を知ることになりました。

歌舞伎座へ足を運んで市川團十郎白猿の睨みを生で見てみるのもいいですね。

今回も最後までご覧いただき有難うございました。

オススメの関連コンテンツ


このページの先頭へ