【豪傑女史】小池百合子の”男前”すぎる性格は母親譲りだった!

小池百合子の母親ってどんな人?

知事に就任して数年が過ぎた小池百合子東京都知事。

様々な問題に積極的に取り組む姿勢は、都民からも好印象で今後も期待されてる政治家のひとりでもあります。

小池さんといえば、有言実行で行動力があるその”男前”すぎる性格が魅力のひとつでもありますね。

そんな小池さんの性格は母親譲りだそうです。

一体どんな母親だったのでしょうか?

今回はそんな小池百合子都知事の豪傑女史な母親についてまとめてみました。

小池百合子の母親も行動力に長けてた!

小池百合子さんは兵庫県芦屋の出身で大学入学まで地元で住んでました。

ですが「国際連合の公用語にアラビア語が加わる」との記事を見て、アラビア語の通訳を目指してエジプトのカイロ大学に留学します。

この小池さんの行動力にも驚きですが、そのエジプト留学を許したのも小池さんの母親だったという。

その後小池さんは無事エジプト留学を終え日本に戻りましたが、今度は母親がエジプトに行く事になります。

理由は小池さんを訪ねてエジプトを訪れた際に、現地にあった日本料理に行ったのだが味がイマイチで美味しくない。なので自分が「本当の美味しい日本食を提供したい」との事でエジプトカイロにて日本料理屋をオープンさせたのです。

もちろん最初は家族の反対がありました。

だがそれも押し切って店をオープンさせ、最終的には父親も支援するようになりました。

父親に関しては⇒ 小池百合子の父親の職業は?

母親は『新ヤマト』と名ずけられた日本料理店をその後20年間も切り盛りした豪傑女史だったのです。

現代社会のようにまだ外国が身近の存在ではなかった時代に、旅行ではなく現地で商売を始めるという大胆さ豪快さは今の小池さんにも引き継がれてるのではないでしょうか。

それだけではなく小池さんは学生時代に、

「女性が何でもできる今の時代に何もしないのは罪」

「結婚を人生の目的にしてはダメ。自分の足で歩けるようにしなさい」

「人と同じではつまらない」

と叩き込まれたという。

そんな母親とのちに小池さんは、

小池百合子

「帰国した後は一緒に暮らしました。ああいう母ですから、よく政治や政策をめぐって議論しましたね…」

と語ってました。

そんな母親だったが…

小池百合子さんの母親・恵美子さんは帰国後、病に倒れてしまいました。

2012年の秋頃、病名は初期の肺がん。

発見が早かったために然程大事には至らないと思ったのだが、母親は入院せずに自宅療養を選びました。

この時すでに87歳と高齢。

入院し抗がん剤治療や放射線治療などを施せば完治するであろう現状でしたが、母親はそれを拒み、余生を楽しく過ごす選択をしたのです。

だがその翌年病状は悪化、再検査となりました。

結果は進行が激しくこの時にはすでに末期の肺がんへと移ってました。

医師から宣告されたのは、余命1カ月。

それまで入院するのか、二人が選んだ道は…

以前から母親は、

「延命治療は一切いらない。絡まるほどの管につながれたスパゲッティ状態にしないでほしい」

「尊厳死協会に入りたい」

と、自分の終末についてははっきりとした考えを持ってました。

それに加え、小池さんは同年の5月に90歳になる父親がお亡くなりになりました。

その時は病院での最後だったので小池さんは父親の死に目には会えませんでした。

その事について、

「昨年5月に父が90才で亡くなりました。晩年、父は特別養護施設でお世話になり、最期は病院で息を引き取りました。

その日の午後、母と一緒に父を見舞いまして、母と自宅に戻ったのですが、深夜3時に容体が急変して、そのまま…。父の死に目に会えませんでした。だからせめて、母だけは最期まで私が看たいと思って…」

なので母親の最後は看取りたいと、そう思ってました。

お互いの意向により母親は入院せずに自宅に帰る事になります。

医師からは、

「家に戻って最初の3日間はかえって体調はよくなります。

家にいるとそれだけで嬉しい。日常生活の音がするし、犬もいる。

ただ、その状態がずっと続くわけではありません。

ある時から急激に体力を失う時がきます。そのことをよく理解しておいてください」

と告げられてました。

そして、父親が亡くなってから4ヶ月後、2013年の9月16日に小池さんの母親・恵美子さん(享年88歳)は後を追うようにこの世から旅立ってしまったのです。

母親は常に自分の一番の理解者だったという。

『小池百合子の母親』・まとめ

今回は男前な行動力がある小池百合子東京都知事の母親についてまとめました。

豪傑で行動力があった母親・恵美子さん。

後に小池さんの著者『自宅で親を看取る―』で、

「政治家になったのは、父に影響された部分が大きい。カイロ大学への留学を思い立ったのは母の影響。『やってみなくちゃ、わからない』が口癖の母からパイオニア精神を学んだ」

と、感謝の気持ちを綴ってました。

小池さんのあの行動力は母親から譲り受けた性格なのでしょう。

その行動力でこれからも都政を引っ張って行って欲しいですね。

今回も最後までお読みになり有難うございました。

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