【片岡愛之助】父親は二人?部屋子から人気役者までの道のり

片岡愛之助の今まで

端正な顔立ちで人気歌舞伎役者の一人でもあるラブリンこと片岡愛之助さん。

隠し子騒動や元カノ熊切あさ美さんとの破局騒動後、藤原紀香さんと結婚など、何かと話題の絶えない役者の一人でもありますが、愛之助さんが今の人気役者になるまでの道のりは決して楽ではありませんでした。

養子として歌舞伎の世界に入り一握りのチャンスをモノにし現在の地位まで辿り着いたのです。

今回はそんな片岡愛之助さんの今までを調べてみました。

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町工場を営む家庭に生まれた愛之助少年

1972年3月4日、大阪で町工場を営む両親の元で愛之助少年は誕生しました。

本名・山本寛之(やまもと ひろゆき)

祖父の興したスクリュー製造工場で父も働いており、その工場の近くにある自宅で三世代で生活してました。

自宅付近は交通量が多く、また工場へのダンプカーなどの行き来も激しい子供にはとても危険な場所でした。

遊び盛りの愛之助さんも何度か危ない目にあったという。

家の近くは野球やサッカーなどのスポーツクラブもなく、いつしか愛之助さんは妹と家の中で遊ぶ内向的な少年になっていきました。

それを見兼ねた父は、

「危ないし、だからといって家に置いたままにするのも可哀想なので」

と、教育の一環として松竹芸能の子役オーディションを受けさせました。

生まれ持っての才能があったのか、愛之助さんはオーディションに合格し、それから松竹のタレント養成所へ通うようになったのです。

子役として活躍する

芸能界入した愛之助さんは、現代劇の舞台などで子役として経験を積み、NHKドラマ『欲しがりません勝つまでは』でテレビドラマデビュー。

その後も子役として活躍します。

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養父との出会い

大阪の中座にて愛之助さんが小学校2年生の時、現在の業である歌舞伎の舞台に初めて立ちました。

幼いながらに興味があったのか、真面目に稽古に励んでた愛之助さんは子供ながらにしてその演技力は好評で目立つ存在でした。

そんな愛之助さんに光るモノを感じたのが、当時の十三代目片岡仁左衛門さんでした。

十三代目片岡仁左衛門

昭和後期の歌舞伎界を支えた立役の名優。

最晩年は完全に盲目だったにもかかわらず、立役として舞台活動を続けた。

仁左衛門さんは早くから愛之助さんの演技力に気づいてました。

そして次男にあたる二代目片岡秀太郎さんの誘いで片岡一門に部屋子として入ります。

当時愛之助さんはまだ小学校4年生。

部屋子として片岡千代丸を襲名しました。

六代目片岡愛之助として

ですがまだまだ歌舞伎界では新人で名前も売れてません。

今後どのようにしていこうか?

当時師匠にあたる秀太郎さんのそんな思いを歌舞伎関係者はこう語る。

「素質があってもただの弟子ではやれることに限界があります。

秀太郎さんの中では“あの子にかけよう”“跡取りにしたい”という気持ちが大きくなっていったそうです。」

と、この頃から愛之助さんを養子として迎え入れたいという気持ちが日に日に増していきます。

二代目片岡秀太郎

生年月日:1941年9月13日

本名:片岡彦人

上方色の濃い柔らか味の有る女形として活躍中。

古風な女形を演じて秀逸との評価が高い。

片岡愛之助の養父。

だがそうなると実の父との関係もあります。

今まで育ててくれた父、優しかった父。

その事に実の父は、

父:「一生の仕事にする気なら最善の環境に行きなさい」

と、養子になる事に反対せず、息子の夢を後押ししたそうです。

自分の息子を別の父親に渡すという決断をした実の

息子の事を思いながらも父は、

本当は辛かったでしょう。。。

こうして愛之助さんは秀太郎さんと養子縁組となり、片岡一門として本格的に歌舞伎の世界へと進んで行きました。

そして養子になったのを機に、二十歳の時大阪の中座で上演だった『勧進帳』にて六代目片岡愛之助を襲名。

その翌年には名題昇進や数々の賞を取るなど歌舞伎役者として本格的に活躍し始める。

愛之助:「お父さん、有難う。。。」

実父実母との本当の別れ

片岡愛之助として活躍を見せていた矢先、悲報は突然訪れました。

最愛の実の母が末期ガンにより他界。

そして悲しみに打ちひしがれる間もなく、翌年は自分の夢を後押ししてくれた実の父も膜下出血により倒れ帰らぬ人と…

立て続けに起きた不幸に「何故自分の両親が、、、」愛之助さんは何度もそう思った事でしょう。

しかし愛之助さんはこのショックをバネに頑張りました。

自分を後押しして養子になる事を許してくれた父の為にもこのままでは終わってはダメだ。

自分を奮い立たせた。

その後は一つでも多くの舞台に立てるよう必死に稽古しどんな役にでも食らいついた。

その甲斐あってか本業ではない歌舞伎以外のテレビ時代劇などの出演オファーも頂くようになる。

2011年にはテレビ朝日系列の連続ドラマ『ハガネの女』では約30年振りに現代劇にも登場しました。

片岡愛之助を一躍有名にしたのは・・・

そして片岡愛之助の名前を一躍有名にしたのは2013年放送の『半沢直樹』にてオネエ口調のエリート官僚・黒崎駿一でした。

あまりにも衝撃的だったこの役は反響を呼び、片岡愛之助の名前を一気に有名にし一躍時の人となりました。

このドラマを見て片岡愛之助の名前を知った方も多いのではないでしょうか?

同年のオリコン発表の”ブレイク俳優ランキング”では3位に急浮上。

ちなみにこの時に1位は同ドラマで主演を果たした堺雅人さんでした。

プライベートではスキャンダルも

2011年『女姓セブン』にて愛之助さんに隠し子がいるとの報道。

この報道に対して愛之助さんは、

「おおむね事実でございます」

と認め、養育費などの金銭面での援助はしているものの、認知はしていないとの事。

何故認知はしないのか?父親になりたくなかったのか?相手は誰なのか?

隠し子の事についてはこちらの記事で詳しく書いてます。(愛之助さんと隠し子の画像あり)

参考:【片岡愛之助・藤原紀香】結婚したのだが子供の話は何故タブー?

そして記憶に新しいのは、タレントの熊切あさ美さんと半同棲で結婚秒読みと囁かれてたがまさかの破局。

その破局が納得いかない熊切さんは、ワイドショーにて泣きながら今までの経緯を説明したのが印象的でした。

熊切さんとは堂々と交際宣言したが、その後藤原紀香さんとも交際宣言。

愛之助さんは熊切さんとは別れたつもりだったが、曖昧な対応が熊切さんを誤解させ、この時期二人がカブってた二股だったのではないか?、との報道もありました。

そして現在

ご存知の通り2016年3月に女優の藤原紀香さんと結婚。

紀香さんは二回目の結婚となり、紆余曲折あった二人は結ばれました。

二人の出会いは5年前、紀香さん主演のミュージカルを愛之助さんが観劇した事からでした。

当時は挨拶程度でしたが、数年後偶然再会した二人は急接近。

プライベートな目撃情報も多く寄せられ、また事務者の後押しもあって交際宣言をした二人。

そして結婚へと。

仕事やメンタル面でも支えてくれそうな藤原紀香さんを梨園の妻として迎え入れました。

『片岡愛之助の道のり』・まとめ

出会いや別れ様々ありますが、辛く険しい道のりを父母のためにも決して諦めず頑張ってきたからこそ今の六代目片岡愛之助があるのだと強く感んじました。

人を魅了する素敵なラブリン笑顔。

今後もドラマや本業の歌舞伎で益々の活躍期待しております。

今回も最後までご覧頂き有難うございました。

片岡愛之助も出演した注目ドラマ

参考:【勇者ヨシヒコ】片岡愛之助、今度の相手は手島優!?

参考:片岡愛之助や山本耕史らを…『真田丸』のキャスティングはこれで良かったのか?

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